(2023/02/26)久しぶりにサイトをリニューアルしました。 (2023/03/01)村上春樹の新作タイトルが発表されましたね。
BOOKREVIEW

高橋源一郎『ぼくらの戦争なんだぜ』

名もなき詩人たちのことばから戦争のリアリティを感じる

 小説や詩集に描かれた「ことば」たちから「戦争」の実相に迫る試み。大岡昇平『野火』、林芙美子「戦線」、向田邦子「ごはん」、古山高麗雄「白い田圃」、後藤明生『夢かたり』など。戦争を実際に体験した者たちが記録した言葉をていねいに読みほどくことで、戦争をもはや「遠くのもの」としか感じることのできない僕でさえ、戦争の手触りをたしかに感じ取ることができた。

 とりわけ異様なリアリティをもって迫ってきたのは、名もなき詩人たちのことばたちだ。『野戦詩集』と題されたその詩集は、〈中国大陸に出征した兵士六人が、戦場でひそかにつくり、持ち帰った詩〉だったという。刊行されたのは昭和十七年。以来、幻の詩集となっていた。

 その中から、佐川英三氏の詩を引く。

「馬斃る」

 馬は、はや草も食まざりき、地に頭を伏し、願へばとて、𠮟咤せばとて、微かに眼を開くのみ。その眼の色見るは切なかりけり。痩せ細り。疲れ衰へ、遂に路傍に放せれたりき。ああ、捨てられたりき。

 捨てられたる馬は、幾日行けども點々と散らばりゐたりけり。水を求めて湿地に堕ち、半身を泥に埋めて動かずなりしもの、或は呆然と地平を見つめて立てるもの、その數は限りなかりぬ。

 幾日も幾日もそはつづきたりき。

「風景」

 低い曇天へつづく廣い街道を、半裸の男が小車(シャウチョウ)を押して行く。左手が土堤になり、右手に石塊ばかりの荒れ地が展がってゐる。極く平凡な風景だが、この赤褐けた凄い土の肌はどうだ。
 疎らな樹木は、すべていぢけた柳であり、黄ばんだ草の葉はしょぼしょぼ地襞に喰ひついてゐる。

 これは何処までが、生物の世界であらう。

 車は軋りながら遠離り、男の背を傳ふ汗が、きらりきらり輝くよと、見るうちに、つと一群の兵隊が、濛々と砂塵をあげて隠してしまった。 ――濟南城外所見――